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城址の北側、ほくほく線の鉄橋附近から見た琵琶懸城とその周辺。現在は信濃川は堤防によって遠ざけられていますが、往時は直下で逆巻いていたことでしょう。対岸には高島城があり、ここから舟で渡ったものと思われます。軍勢が渡り終わる頃は、ご覧のような夕照があたりを包み込んでいたでしょう。 |
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南側から見る琵琶懸城。新潟県中越地震の影響か、崖の一部が崩れています。 |
北端附近はかつての舟着場への道であったことでしょう。 |
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北側の神社脇から入城します。なんといっても黒々とした水堀が素晴らしい。 |
この水堀(堀2)の南側には水はありませんが、堀底は平らで湿地になっています。おそらく泥田堀であったのでしょう。 |
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舟着場を直接監視する北側の櫓台。平時は河川交通の監視、渡河時には舟艇の指揮にあたっていたことでしょう。 |
城域をぐるりと囲む土塁。一部は墓地で切り崩されて痛々しい断面を見せていますが、概ね残っています。 |
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U、V、W曲輪は一面の畑になっています。空堀で区画されていたようですが、現在ではよくわからなくなっています。 |
埋められた堀3の痕跡と思われる低地。ただこの場所に堀というのも縄張り的には少し変な気もします。 |
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南側の虎口を側面から狙っていたであろう櫓台。上には小さな石仏が祀られています。 |
宅地化などで明瞭ではありませんが南側虎口は馬出しであったようです。接続は土橋ではなく曳き橋であった可能性も・・・? |
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主郭の周囲を囲む堀1。こちらも途中で埋められているようです。本来はU曲輪の東側まで繋がっていたらしい。 |
主郭の虎口はあまり何の仕掛けも変哲も無い平入りの虎口です。 |
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土塁の上から見る主郭。西側は崖ですが、川に削られている可能性もあります。本来はもう少し広かったのかもしれません。 |
夕陽が差し込む主郭。赤い鳥居と小さな祠があります。渡河を終えた上杉軍団は夕照の中で夕餉の時間を迎え、翌日に向けて爆睡したでしょう。 |
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主郭から見る信濃川。現在は堤防で仕切られていますが本来は直下を流れていたでしょう。ちょうど対岸に高島城があります。奥の山地はおそらく昼頃に越えたであろう薬師峠です。 |
城之古集落内の旧道。毘沙門軍団はここから秋葉山の山麓を通り、険しい六箇越え(栃窪峠)へと向かいます。 |