「ばか」じゃないです。「まくわり」、そう、今ではベイサイドエリアとして有名な「幕張」です。
遺構は・・・写真を見ての通り。ま、文句は言うまい。都心に一時間弱という絶好のベッドタウン、「史跡を残す」よりも「住宅を供給する」方が今の時代には必要とされているのでしょう。廃城の時期も古いため、もともと遺構らしい遺構は残っていなかったかもしれません。この馬加城があったという台地にしても、これほど大きなマンションを建設するからには恐らく丘を切り崩し、大幅に土取り・削平を行ったはずで、地形も大幅に変わっていることでしょう。この馬加城の台地と幕張本郷の台地に挟まれた低地は、かつては湿地か、入江だったのでしょう。現在は畑と、建設資材置き場のバラックと、ペンペン草の覆い茂る建設残土捨て場(一見土塁に見える・・・)になっています。まあ遠からぬ将来、ここも見事に宅地化されてしまうのでしょう。
まあ土地利用のあり方については時代の流れと諦めるにしても、史跡標柱も何もない、というのはいかがなモノでしょうか?馬加康胤による千葉宗家の滅亡という事件は、千葉県の歴史を語る上で小さくないインパクトを与えていると思うのですが、現地を訪れてみるとそのような事件を示すものは何もありません。子供たちに郷土史を語り継いでいく上でも、せめて城址の碑や解説版のひとつも立ててもいいのではないでしょうか?大して高くつくものでもなし、千葉市なり、花見川区なり、地元自治体でご検討頂けませんでいかがでしょうか?