山国甲斐の水軍拠点

持舟城

もちふねじょう Mochifune-Jo

別名:用宗城

静岡県静岡市用宗城山町

(JR用宗駅裏山)

城の種別

山城

築城時期

天文(1532-55)年間

築城者

一宮元実

主要城主

一宮氏、向井氏、三浦氏、朝比奈氏

遺構

曲輪、堀切

持舟城主郭跡の廃寺<<2002年04月06日>>

歴史

もともとは今川氏の属将であった一宮左兵衛慰元実の居城とされる。「言継卿記」には一宮出羽守宗是の名が見え、これは元実の父と推定されるが、永禄三(1560)年五月の田楽狭間合戦で討ち死にしている。

永禄十一(1568)年に武田信玄が駿河に侵攻すると持舟城も武田氏に属し、駿河先方衆の三浦兵部義鏡が在番、また武田水軍の向井伊賀守正重らが水軍の拠点として駐在した。

天正七(1579)年九月十八日、高天神城包囲のために横須賀城を本陣としていた徳川家康は持舟城田中城、小山城などの周辺諸城を攻撃、持舟城の出城であった遠目砦を陥とし、大崩の海岸沿いに持舟城を攻撃し、向井正重以下三十余名が戦死した。翌天正八(1580)年三月二十七日、武田勝頼は持舟城を修築、朝比奈駿河守氏秀を城番に置いた。天正九(1581)年三月二十二日、高天神城が落城し、敗残兵が持舟城に退却した。しかし天正十(1582)年二月二十三日、織田信長・徳川家康が甲斐・駿河に侵攻し、持舟城も外郭を陥とされ、敗色が濃くなる中、甲斐の諸将が領国に引き上げたこともあり、朝比奈氏秀は翌三月十七日に開城し、久能山城に退却した。持舟城はこの時に廃城となった。

「八重、わしは水軍を持つぞ。山国甲斐が水軍を持つ。その水軍で京に攻め上る。」
映画「天と地と」で、信玄が側室・八重の方(実在不明・たぶん架空)に夢を語るワンシーン。そして信玄は、甲相駿三国同盟を破棄して駿河に乱入することにより、念願の水軍をも手に入れます。この持舟城はそんな水軍の基地であった城のひとつです。しかしその切り札である武田水軍は活躍の場を与えられることもなく信玄の死を迎え、その後は長島一向一揆や本願寺十年戦争などの「ここぞ」という時に投入されることもなく、駿河湾周辺で北条水軍と小競り合いに終始します。持舟城の最後の役割は、落城した高天神城の城兵収容で、結局、武田氏の滅亡によってその使命を終えます。上洛の切り札であった水軍の基地が、落日の武田氏の最後の1ページを飾ってしまったこの不運。ここも、戦国の世の無常を今に伝えてくれる場所です。

水軍基地、といっても、僕が今まで見てきた安房水軍や北条水軍の城とは異なり、やや内陸に寄っている上、駿河湾岸の海岸線は起伏の少ない穏やかな砂浜で、舟溜りになりそうな天然の良港は丸子川河口くらいしかなさそうです。現在の用宗漁港はこの丸子川河口を人工的に開削してつくったもので、たぶん武田氏が水軍を手に入れた当時の地勢とは全然違っているでしょう。もしかしたら、地震等で海岸線の位置も変化しているかもしれません。

持舟城はJR用宗駅の背後、蜜柑畑になっている小高い丘の上にあり、同じくらいの標高の丘が続く最も北東の端にあります。尾根続きは堀切で断ち切っただけのシンプルな城で、もともとここでの戦闘をあまり意識しない、海上交通・河川交通の番城的な位置付けでしょう。ただ、大した高さではない割には現在の静岡市主要部全域をほぼ見渡すことができ、それなりの戦略的価値はあったと見ました。もしかしたら現在畑になっている尾根続きの丘陵上にも、曲輪などがあったかもしれません。

主郭跡には「持舟城跡」の石碑と、なんとも言えない荒れ果てた廃寺があります。いかにもなんかありそうな廃寺、夏の夜の肝試しに最適です(笑)。ところどころに古びた石積があるのが気になります。この寺を建てたときのものなのか、遺構なのか不明ですが、蒲原城などにもこうした石積がありました。遺構なのかどうか、ご存知の方、教えてください。

JR用宗駅背後の標高70mほどの小丘陵が持舟城。農道沿いに登っていきます。 主郭付近より丸子川河口付近(写真右端の白いビル付近)。現在の漁港は人工的に開削されたもので、当時の地形とは変わっているものと思われます。

主郭に建つ持舟城址の碑。背後にはなんともいえない廃寺が。。。 主郭の廃寺。ちょっとだけ中に入ってみようと思いましたが、床が相当傷んでいたのでアブナイと思いやめました。皆さんもやめた方がいいと思いますよ(^^;)

念のため寺の背後に廻ってみると、想像通り大きな堀切が。やっぱり中世の城といえばコレですね! 左の堀切脇や、廃寺へ向う道のあちこちに見られる石組。遺構なのかどうかはわかりませんが、それなりに古いものであるように見えます。

 

交通アクセス

東名高速道路「静岡」ICより車10分

JR東海道線「用宗」駅より徒歩10分。

周辺地情報

丸子城が素晴らしい。市内には有名な駿府城、賤機山城なども。

関連サイト

 

 
参考文献 「日本城郭大系」(新人物往来社)、別冊歴史読本「武田信玄の生涯」(新人物往来社)、「幻の武田水軍」(関口宏行/「歴史読本1987.05号」収録/新人物往来社)

参考サイト

 

 

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