丸子城めぐり

その3 おまけ編

 

丸子の城下町をほんの少しですがご紹介。

 

有名な連歌師の宗長が永正元(1505)年、55歳で草庵を結んで余生を送ったという吐月峰柴屋寺。宗長さんはあっちこっち歩き回っていて、小弓城なんかにも来てますね。ここは丸子の城内の一部で、今川義忠、氏親の二代が宗長とともに美しい自然を連歌に託したといいます。それよか、もしかしてここは、丸子城の下館だったのでは?てことはもしかして、ここが龍王丸と北川殿の過ごした場所かも・・・。

建久年間に源頼朝が両親追善のために建立したと言う誓願寺。天文年間に戦火で類焼し、永禄十一年に駿河に侵攻した信玄により再建されたと言う。

ここに片桐且元の墓があります。慶長十九年、有名な方広寺鐘銘事件で申し開きのため、駿府城の大御所・家康を訪ねた際に宿所にしたという。しかしここで本多正純の入れ知恵による「三つの条件」を廻って且元は豊臣家重臣から排除され、止む無く徳川陣営に走りました。その後の冬の陣、夏の陣で豊臣家の運命が尽きたのはご存知のとおりです。

誓願寺付近から見上げる丸子城の全景。歴史に彩られた街、丸子はお城マニアにも、いつもとちょっと違う旅をしてみたい、という一般の人にも、オススメの街ですね。

ふう、すべて紹介するのは大変だ(笑)。とにかく見所満載です。ちなみにこの日は行きの東名で事故渋滞2時間、帰りの東名でも事故渋滞3時間以上、さらに駄目押しの首都高で約30分の事故渋滞。みんな、事故には気をつけようね〜。自分だけじゃなくって廻りも迷惑するからね〜。

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