<<安曇・筑摩電撃侵攻戦:2日目>>

2005.09.18(日) 晴れ

実は今回の旅は、小笠原長時が最後に立て籠もったという「中塔城」に行くのが最大の目的である。なんといっても山が高くて険しい。満足な道らしきものがあるのかどうかも不明である。さて、どうなることか・・・。
見学先 中塔城西牧城、日岐城
メンバー 単独
9/17(土)08:30 ■中塔城(長野県南安曇郡梓川村→松本市と合併)
さて、今回のメインである。本拠の林城を信玄に追われて、守護から落ち武者同然の身となった小笠原長時が、最後の望みを託して立て籠もった天険の山である。小笠原長時って、あんまり一般的な人気はないけど、ネタ的には実に良いキャラである。最後の最後にヤケクソ気味で高い山に立て籠もってしまうあたり、長尾景春にも通じるものがある。
比高400m、標高1200m近い天険の高山である。地元の人に登り口を聞いて登り始める。クマがいるかどうかを聞くと、「あんた鈴、持ってるね。じゃあ大丈夫でしょう」っておいおい、鈴が無いと出てくるのか。。。分かりにくい登山口をようやく見つけて登り始めると、いきなり直登、しかも最後まで尾根筋直登。これはかなり足に来る。主郭までたっぷり1時間かかってしまった。主郭といってもなんとなく平らな場所がある程度、その裏手には大堀切があるわけでもなく、なにやらベローンと広い窪地状の平場がある程度。城郭遺構としての見所は山麓側の無数の段々くらいか。しかし、小笠原長時が再起を期して立て篭もった場所でもあるし、なかなか来れるところでもないので、この機会に攻略できて実にヨカッタ。ところで、このお城は登り道がずっと堀底状の通路になっていて、その大半が二重の堀底通路である。しかも山麓には4本の堀底通路が並び、さらに途中で合流したり分岐したりしている。これは一体、何なのであろうか?気になる・・・。

遺構を見るつもりで登るとガッカリする。しかしキツイ山城の後の取れたてリンゴの美味いこと美味いこと!「とんがり屋敷」のばあちゃん、ありがとう!

その後、山麓の「とんがり屋敷」というユニークな地名を持つ屋敷地を探して、りんご畑のおばあちゃん(推定80歳前後)に道を聞いてみたが、「私じゃ若すぎてわからんから、もっと歳取った人を探して聞いて」とのこと。ばあちゃん、そりゃちょっと難しいと思うぞ・・・。で、このおばあちゃんになんと、その場で取れたてのリンゴを頂いた。多少傷があって出荷できなかったものだというが、山城のあとの取れたてリンゴの美味さといったら、感動モノである。あっという間に一個丸ごと食べてしまった。ばあちゃん、ありがとう!うまかったよ!

11:00

 

 

■西牧城(松本市・旧梓川村)
中塔城のすぐ近く。これも登山口を探すのに苦労した。なにせあちこちに獣よけの高圧ネットが張られている上、山麓付近はきのこ山でほとんど立入禁止、中塔城でさんざん体力を使ったこともあり、諦めて帰ろうと思った矢先にほとんど唯一通行可能なルートを発見。ちょっと疲れ気味だったが、30分かけて比高差210mを登りきる。この山は見た目の割に傾斜がきつく、しかも思った以上にヤブである。縄張りは主要部の整然とした縄張りに比べて、北側の遺構はまとまりがなく、「とりあえず急いで作ったらこんなのが出来ちゃいました」という感じ。この造作レベルの落差が面白い。帰りのルートでは途中で道を見失い、落っこちそうな急斜面を直登ならぬ直降。いやはや、ここもキツかった・・・。
堀切は実に雄大!主要部と端っこの造作レベルの落差がなんとも面白い。

12:00

 

 

■日岐城(生坂村)
さてまだ帰るには早いし、かといってゴツイ山城はもうたくさん、ということでパラパラ参考書をめくると、比高130mというこのお城が目に入った。しかも自然公園として遊歩道もあるという。130mなら楽勝、というにはちょっと疲れているが、20分もありゃなんとかなるでしょ、ということで行って見る。かなり足が上がらなくなっているが、それでも20分弱で主郭へ到達。ここは犀川の蛇行部に突き出た尾根の先端で、両側はものすごい崖、さらに最近の雨で主郭脇の崖が崩落して、遊歩道まで崩れ落ちており、遊歩道とは思えぬスリルがある。その天険ぶりのためか、遺構の規模は大きくは無い。主郭の一角にわずかに石垣があるのが特徴か。

主郭のヘリに残る石塁。遊歩道が整備されているが崖崩れもあり、ちょっと危険な場所もあるので要注意。 犀川のダム湖に面した日岐城。なかなか絵になる光景である。
この日はやはり中塔城・西牧城のキツさ、おばあちゃんに頂いたリンゴの美味さが実に印象に残った。それにしても、もう足がガタガタである。。。。

前へ戻る 埋もれた古城 表紙 上へ 次へ進む