滝山〜川越の中継点

滝の城

たきのじょう Takino-Jo

別名:本郷城

埼玉県所沢市城

城の種別

平山城(崖城)

築城時期

不明 

築城者

大石氏

主要城主

大石氏、北条氏照

遺構

曲輪、土塁、空堀、櫓台、井戸跡

本丸付近の空堀<<2001年9月15日>>

歴史

戦国時代に山内上杉氏の属将・大石氏によって築城されたとされる。天文十五(1546)年、大石定久の代に起こった河越夜戦で上杉氏が敗退し上野に撤退すると北条氏に与し、北条氏康の次男・氏照を養子に迎えた。以降は氏照の滝山城支城となったが、天正十八(1590)年の小田原討伐で前田利家を主力とする北方軍により落城し、廃城となった。 

居住のため、領国経営のためというよりも、北条氏の配下にあって、滝山城川越城を結ぶ交通路の確保、警護、宿泊などを目的とした繋ぎの城でしょう。

城址は柳瀬川北西岸の比高2-30mほどの河岸段丘上にあり、本丸曲輪の周囲には土塁、空堀などが良好な状態で残っています。また、城址公園を一歩出て住宅地の中を歩くと、櫓台跡の土居などが見られます。険阻な山城より丘陵地や崖端等を好んで城地とした北条氏の城郭に対する考え方がよく見える城の一つです。さほど大きくも有名でもないですが、北条系城郭ファンには訪れてもらいたい地です。

滝の城のある河岸段丘を見上げる。 城の外堀にあたる柳瀬川と清瀬市方面。
本丸跡は城山神社になっている。 本丸内の城址の碑。

本丸、二ノ丸の曲輪は低い土居が取り巻いている。 本丸の一角にある櫓台と推測される高台。

二ノ丸曲輪と土塁。 二ノ丸の堀。搦手方面。

二ノ丸から三ノ丸へ向かう土橋。 三ノ丸の見張台跡。

城址北方の住宅地にも見張台跡が残る。 「滝の城」の由来となった滝が復原されている。この上にはかなり怪しい「ゴミの家」がある。あんまり近づかない方が・・・
本丸東から南へ抜ける堀底道。 崖を降りる道路沿いに残る石敷きの井戸跡。
 

 

 

交通アクセス

関越自動車道「所沢」IC車5分。

周辺地情報

北は川越城。南は滝山城。どっちか迷ったら滝山城をオススメします。

関連サイト

 

 
参考文献 「日本城郭大系」(新人物往来社)、現地配布資料

参考サイト

埼玉の古城址房総の城郭北条五代の部屋

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