<<「廃城奇譚」飛騨の旅:三日目>>

(ヤブレンジャー&巡城組 合同山岳演習)

2005.11.05(土) 晴れ

さて今日は、東濃を攻めるというオレンジャー殿、オカレンジャー殿と別れ、「巡城組」に一日体験入団させてもらうことに。巡城組のみなさん、よろしゅうお願いいたしまする。ヤブレンジャーのお二人、ご武運をお祈りいたしまする。

というわけで、前半は巡城組とともに飛騨の城を回り、午後は単独で美濃へ向かうというスケジュール。

以下、岐阜県。

見学先 梨打城、鍋山城、篠脇城&東氏館
メンバー

ちえぞー殿、とも殿、ぶん殿(以上巡城組)、ウモ(巡城組体験入隊者)

ちえぞー殿の朝ごはんを頂き、これからそれぞれの道へ。ヤブレンジャー本隊は東濃を目指し出発、ソレガシは「巡城組」に混ざって、もう少し飛騨を満喫することに。巡城組の皆様、お手柔らかに・・・・。

08:00

■梨打(高山市)
ごっつい山城であるが、結局道がよく分からず最後は直登。こればっかじゃ〜。鬱蒼とした山の中に霧が立ちこめ、しかも急斜面、ひとりだったらおっかなくてこんな山、絶対登れない。縄張図だけ見るとまるで近世城郭、織豊系城郭を思わせるような端正な縄張に見えるが、実際は削平も甘く、防御ラインも意外に貧弱で、いかにも急造の陣城、といった感じである。江馬氏滅亡の地、として知られるが、南條ファンにはむしろ「ハナノキ秘史」における山下左衛門の居城として有名であろう。

山頂付近でなんと山菜採り(?)の人とバッタリ出会ったときは、思わず「すわ、クマか!」と勘違いし、腰につけたナタに手が伸びてしまった。それくらい緊張感が溢れる山の中であった。帰りは何とか道らしきものを見つけて降りてきたが、要するに尾根の上を歩けばいいのである。

城址碑に群がる巡城組。しかしこの後、またもや直登に・・・。 鬱蒼とした山に霧が立ち込めてミステリアス、というかちょっと怖い。
11:00

 

■鍋山城(高山市
遠目で見ると海坊主のようなぬぬぬぬっとした山で、こんな山登れるのか、と思うほどだが、裏手に回ってみると意外にも緩斜面が続いており、しっかりハイキングコースも整備されている。金森氏が最初に飛騨に築いた支配拠点、ということで、近世城郭の嚆矢のような石垣が見られるのがポイントである。しかしやはり南條ファンには「阿呆の六」こと鍋山豊後守利景の居城として永遠に記憶に留められるべきお城である。あるいは「飛騨国治乱記」などを読むと、三木自綱が実弟の顕綱を謀殺してしまう場所としても登場する。なんかこんなのばっかりだなあ・・・。

遺構面では前述の石垣のほか、出丸の堀切などがあるが、個人的には谷戸の中の「いかにも」という屋敷地の雰囲気がとても気に入った。

登山道脇の石垣。石垣は探すと結構あちこちに残っている。 山頂の主郭。「やい、阿呆の六!」とか言ってはいけない。恐ろしい復讐が待っている。。。

 

13:00 さてここでお世話になった巡城組の皆さんともお別れである。高山市内のレンタカー屋で降ろしてもらい、あとはそれぞれの道へ。ほんとにお世話になりましたm(_ _)m

しかしその後、東海北陸道で追い抜いた車が巡城組カーだったときにはビックリしました。途中のインターでお互い、千切れるほど手を振り合って別れるのであった。

14:30

■篠脇城(郡上市)

ここからは一人である。飛騨とも別れを告げ、美濃国へ。

放射状のウネウネ連続竪堀があることで有名だが、何よりもまず我が千葉県の名族、千葉氏の後裔である東氏の美濃における足跡をぜひ追ってみたかった。この東氏の館は発掘されて庭園が復元されている。篠脇城は比高差180mほどもあり、急坂の九十九折を登ること約20分で目の前に竪堀が現れる。ここからは怒涛の連続竪堀ラッシュである。主郭を中心とした曲輪の配置は実に単純なのだが、周囲の遺構がスゴイ。この連続竪堀、急斜面を落ちる、いわゆる「竪堀」もあれば、竪堀というよりも緩斜面に土塁を並べたような場所もあり、ウネウネが一定でないところが面白い。背後の大堀切に向かってまで畝が配置されているのは珍しい。畝の規模は飛騨の広瀬城や小鷹利城よりも高さ・長さとも大きく、東濃の明智城よりは小さい。下総台地に館を構えていたであろう千葉一族の東氏がどこでこんな技法を身につけたのだろうか。部分的にヤブがひどい場所もあり、意外と踏査は時間が掛かった。それにしても大団体戦から急に単独で深い山の中を徘徊するのは実に心細い。ホントにクマでも出てきそうだし・・・。

篠脇城の麓の植物園の中に東氏の館があり、発掘により庭園が検出され復原されている。歌道の達人、文化人としても知られ、「古今伝授の祖」とされる東常縁をはじめとした東氏歴代が愛でていた庭と思うと感慨もひとしおである。しかし東氏はなぜこんな奥まった場所に館と城を設けたのだろうか。立地的には解釈の難しい館&城である。

ウネウネ遺構は素晴らしいのだが、少々ヤブなのと、山深い地なので一人では少々心細い。 これが東氏の庭園かあ(感動)。中世の庭園っていうのは当時の生活観や文化度を示してくれるようで、ソレガシは大好きである。
  3日めはこれにて終了。今日はお金の節約で宿を取らず車中で野営。「道の駅 古今伝授の里やまと」で野営を決め込むが、なんとここは無料の足湯があったり、600円で入浴できる「やまと温泉やすらぎ館」などがあり、随分マッタリとした時間を過ごさせてもらった。がしかし、この時期の車中野営は寒くてかなわん。あまりの寒さに夜中に何度も起きてしまい、死ぬかと思った。

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