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| 右手の丘陵が向根古屋城、左手は本佐倉城。どれだけ近接しているかがよくわかります。実質的には一体の城郭として機能したことでしょう。 |
台地続きからは土橋を渡り、馬出し状の曲輪を通り抜けて主郭に向かいます。この土橋周囲の堀は驚異的な規模があります。 |
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| 巨大な空堀ですが、斜面が急なのと相当に藪化しているため降りるのは困難。城域をかすめるように通る道路際から見るのが無難。それにしても暗いなあ・・・。 |
ボサ藪に包まれていますが、虎口の側面を睨む櫓台です。二つの虎口それぞれに同じような構造があります。 |
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| 主郭端の神明社(妙見社ではない)裏手の土塁。この土塁も曲輪内から見て3mほど、堀底から見たらどれほど高く見えるのか、想像もつきません。 |
主郭は畑となり、特に周囲に土塁があるわけでもなく、虎口周囲の大規模遺構のほかは至ってアッサリしています。 |
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| 主郭西北端に突出する尾根には一段高い土壇が。すぐ目の前の本佐倉城とは、松明や太鼓、場合によっては直接声で連絡を取り合っていたかもしれません。 |
左の尾根を下ったところ、数段の削平地らしいものがあります。直接的にはこの経路を使って連絡を取り合っていたのではないでしょうか。 |