「騰波ノ江(とばのえ)駅」、関東鉄道というローカル私鉄の駅である。木造平屋建のこの駅は「関東の駅100選」にも選ばれたそうだ。あとの99駅はどこだか知らない。
僕たちの身の回りには、こんな風景がどこにでもあったはずだ。僕が子供の頃、いなかの実家からの最寄り駅もこんな感じの駅だった。そんなありふれた風景がいつのまにか「珍しい風景」になってしまった。いまや駅といえば、駅ビルが建ち、多くの店が並び、自動改札機を抜けて外へ出るとバスロータリーがあってタクシーが客待ちの列を作る、そんな風景の方があたりまえになってしまった。それは時代の流れだから、悪いことでもなんでもない。
若い人はこういう風景を見ても実体験と重ね合わせることは難しいかもしれない。でも、ほのかな懐かしさを感じてしまう筈だ。それは、日本人という人種の血の中に刷り込まれた、「原風景」の一部だからかもしれない。
騰波ノ江とは、かつてこの地方にあった大きな湖沼の名前である。平将門が活躍した時代には「騰波ノ淡海」ともよばれた。古代から毛野川(鬼怒川)や子飼川(小貝川)がつくり上げた、大乱流地帯の名残である。いわば常総の「原風景」である。しかしその騰波ノ江はもはや美田に生まれ変わり、かつての地名はもはや駅の名前にしか残らなくなってしまった。
「騰波ノ江駅」、いい名前である。古代、中世、近世そして現代。僕たちの血の中に刷り込まれたさまざまな「原風景」を、蘇らせてくれる場所でもある。惜しむらくは、列車(電車ではない)が少々モダン過ぎることだが。