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| 長野市を見下ろす三名城の揃い踏み。左から旭山城、葛山城、大峰山城。 |
善光寺附近から見上げる葛山城の雄姿。ここからはすぐ背後に大峰城、南に葛山城、旭山城の善光寺裏山三名城を仰ぐことが出来ます。 |
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| 頼朝山への登山道より落合氏の菩提寺、静松寺と裾花川上流方面を見る。遠く北アルプスの山々は真っ白な冬化粧でした。 |
頼朝山頂上の八幡社。建久八(1197)年、源頼朝が善光寺に参詣した際に寄進した山だそうです。 |
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| 頼朝山より見下ろす川中島。右手は旭山城。ここには三つの曲輪が確認できます。旭山城に直接対峙する出城であったのでしょう。 |
頼朝山から尾根をいったん下り、再びつづら折の急坂を登る。この鞍部にはお約束どおりの堀切がありました。 |
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| 30分ほども歩いたでしょうか、目の前に巨大な堀切が現れ興奮。ここが主郭の東尾根を断ち切る最大級の堀切です。 |
綺麗に整備された主郭には、落合氏の霊を祀る祠がありました。「白米伝説」などもあるそうです。 |
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| 主郭には結構詳しい解説板が建っています。意外と訪れる人が多いのかな? |
落城に際して、多くの婦女子が身を投げたという姫谷。後の世まで、女の悲しい泣き声が聞こえたという。 |
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| 指呼の間に臨む旭山城。この景色が、葛山城の役割を如実に物語っているといえるでしょう。 |
北側の尾根を歩くと、比較的大きな曲輪がありました。ここが二郭にあたると思われます。 |
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| 北尾根には堀切が連続します。推定二郭からやや降りた尾根には、二重堀切が見られました。 |
さらに大きな削平地を通り抜けて堀切を見る。この北側尾根筋は旭山城からの死角にあたり、曲輪もしっかりしているので、こっちが本来の大手筋だったかもしれませんね。 |
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主郭西の堀切も規模が大きい。堀切は竪堀に繋がって山腹を降りています。 |
この西側尾根筋も連続堀切でした。ただ規模は北側、東側に比べて小さく、曲輪の削平も中途半端な印象を持ちました。 |
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東側の尾根筋には、熊笹に覆われているものの連続堀切、連続竪堀が見られます。これが「上杉流」というものなんでしょうか。 |
同じく連続堀切・連続竪堀。堀と堀に挟まれた場所は土塁状になり、あたかも巨大な畑の畝のようにも見えます。 |